赤坂BLITZ閉館の原因の赤坂エンタテインメント・シティ構想とは?

ライブの聖地として有名なライブハウス「赤坂BLITZ」が閉館することが決定しました。

そこで今回は赤坂BLITZの閉館の理由となった、赤坂の再開発「赤坂エンタテインメント・シティ構想」とは一体どのようなものかをまとめました。

それでは早速見ていきましょう。

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赤坂BLITZ閉館と理由

赤坂BLITZは、2020年9月22日に閉館することになりました。

赤坂BLITZが閉館する理由は、決して新型コロナによる営業できない影響ではありません。

赤坂BLITZが閉館する理由は赤坂の再開発「赤坂エンタテインメント・シティ構想」によるものです。

これまでに赤坂は2003年~にも再開発していて、その時も赤坂BLITZは一旦閉館していますがまた復活しました。

今回は復活することなく完全に幕を閉じることになったんですね。

赤坂エンタテインメント・シティ構想とは?

赤坂BLITZが閉館する原因となった「赤坂エンタテインメント・シティ構想」の内容を見ていきます。

約1年前の2019年1月には「赤坂エンタテインメント・シティ構想」は周知されていて、その時点で赤坂BLITZの閉館は決定していたようです。

「赤坂エンタテインメント・シティ構想」は主に、

  • 地下鉄赤坂駅の南にある「国際新赤坂ビル」の周辺の再開発
  • 赤坂サカス周辺のリニューアル

がメインとなった再開発構想です。

この赤坂サカス周辺のリニューアルに赤坂BLITZが含まれていて、

赤坂BLITZはTBSの観覧機能付きスタジオに刷新されます。

TBSのスタジオに生まれ変わるようですね。

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赤坂BLITZのこれまでの歴史

1996年のオープンから24年間営業してきましたが、それまでに紆余曲折あったんですね。

現在の赤坂BLITZの正式名称は「マイナビBLITZ赤坂」ですが、2003年に再開発計画のために5年間閉鎖しています。

2008年に再び再開し、現在の「マイナビ赤坂BLITZ」に繋がります。

カム
この閉鎖までの1996年から2003年までの赤坂BLITZを初代赤坂BLITZともいいます

2003年の再開発が「TBS赤坂五丁目再開発計画」と呼ばれる再開発で、今の「赤坂サカスプロジェクト」のことですね。

この再開発で赤坂BLITZは一旦閉鎖しましたが、2004年に赤坂BLITZの移転施設として横浜BLITZが開演しました。

2008年に「マイナビ赤坂BLITZ」が開演した後も、横浜BLITZは営業していましたが、2013年に閉鎖します。

そして、2020年9月に「マイナビ赤坂BLITZ」も閉鎖することになったんですね。

今回も初代赤坂BLITZの時と同様に赤坂の再開発による閉鎖ですが、今回の再開発は前述したように赤坂BLITZの敷地は違う用途として使われるので、24年間の歴史に幕を閉じる形になります。

赤坂BLITZ閉館のネットの反応

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